電子契約とは
紙の契約書に代えて電子的な契約書(電子契約書)を作成する契約方法を電子契約といいます。電子契約にはいろいろな方法がありますが、最近よく使われているのは契約当事者が電子署名(押印に代わる電子的な署名)を行うもの、契約当事者が電子契約システムにログインして電子契約書を登録し、電子契約システムの電子署名がつけられるもの、などです。
契約書は紙でなくていい
結論からいうと、ほとんどの契約類型において、紙の契約書が必要とされておらず、電子契約が可能です。しかし、契約書の電子化については法的に気になる点があります。1つは契約書が有効に成立するか、もう1つは紛争時に証拠になるか、です。
契約の有効性
契約は当事者の合意によって成立し(民法522条1項)、その方法については法令に特別の定めがある場合を除いて自由とされています(同条2項)。つまり、特別の定めがない限り、契約は口頭の合意でも成立し、契約書を紙で作成するか電子的に作成するかも、当事者の自由です。一部の契約については、書面を要する旨が法令に記載されています。たとえば、保証契約(民法446条2項)や定期賃貸借の契約(借地借家法22条、38条)には書面が必要とされています。
書面は紙などの有形物を意味しており、電子文書は書面にあたりませんから、書面を要している場合には電子契約書で代えることは出来ません。ただし、書面を要する契約であっても、電子文書で代えることが出来る旨の規定があれば電子契約書で契約することが可能です。たとえば、保証契約については電子文書で代えられる旨の規定があります(民法446条3項)。書面を要する契約の多くのものは電子文書で代えることが出来ますが、定期賃貸借契約など電子文書で代えることが出来ないものもあります。
証拠としての有効性
日本の民事訴訟では、どのような文書でも(電子文書も可)証拠として提出することが出来ます。ただし、民事訴訟で証拠としての効力を持つためには、紙の文書であっても電子文書であっても一定の要件を満たす必要があります。
電子契約のメリット
電子契約には大きく4つのメリットがあります。第1のメリットは、印紙税の削減です。一定の類型の契約(請負契約、金銭消費貸借契約など)については、契約書作成時に収入印紙を貼付する必要があります。しかし、これは紙などの契約書を作成するときに限られており、電子契約書には印紙税を支払う必要がありません。
第2のメリットは、作業効率の向上、文書関係費用の削減です。契約締結にあたっては、電子的に作成した契約書を印刷、押印、封筒作成、封入、投函などの処理を経て相手方に渡り、相手方も同様の処理を行います。企業によっては社内データベースに契約書の内容を入力することも珍しくありません。電子契約では、紙の文書の作成・送付などが不要になり、社内システムへの取り込みや保存も容易になります。
第3のメリットは、コンプライアンスの向上です。電子化により、関係書類の抽出などが容易になり、監査の効率が上がります。第4のメリットは、事業継続計画(BCP)への貢献です。BCPのためには、唯一無二の原本を喪失しないように保管する必要があります。電子契約書は原本と写しの差異がないので、写しを遠隔地のサーバに保管することで本社が災害にあっても原本と同じ価値のある電子契約書を保持し続けられます。
電子契約のデメリット
デメリットとして、契約の申し込みの撤回が難しい点が挙げられます。自社が押印した契約書を相手方に渡した後で、何らかの理由で撤回する場合、紙の契約書であれば原本の返還により確実に撤回できます。しかし電子契約の場合には、原本と写しの違いがないので相手方に写しが残っていて、それが効力を持つ可能性があります。したがって、契約書の撤回は撤回を受け入れた旨の電子文書に相手方の電子署名を付けてもらうなどの措置が必要です。
電子契約のメリットとデメリット
メリット
- 印紙税が削減できる
- 作業効率の向上・文書関係費用の削減が可能
- コンプライアンス(法令遵守)の向上
デメリット
- 契約申込みの撤回が難しい
電子署名と電子証明書
他人による契約書の偽造を防ぐため、電子契約書では印鑑に相当する電子的な仕組みが必要です。紙の契約書では内容を修正すると痕跡が残りますので内容の変更は困難ですが、電子ファイルは内容を変更しても簡単には判明しないので、対処が必要です。
これらの問題を解決するには、「本人による作成であることの確認」「作成後の改ざんがないことの確認」が取れることが必要です。これを解決するための方法が電子署名です。
電子署名は、公開鍵暗号技術を応用したもので。高い安全性を確保できます。電子署名は公開鍵と秘密鍵のペアを用います。公開鍵は他人に知らせることが出来る鍵で、秘密鍵は本人だけが秘密に管理する鍵です。電子署名を用いると、電子署名を行った本人の特定と、電子署名生成後の変更がないことを確認することが出来ます。
電子契約の裁判での取り扱い
民事訴訟での取り扱い
民事訴訟において、電子文書は紙の文書と同様の扱いを受けます(民事訴訟法231条)。文書による証拠が証拠力を持つには「真正な成立(本人の名義人が本に印の意思でさくせいしたこと)」の証明が必要です(民事訴訟法228条1項)。
紙の場合には、本人または代理人の署名または押印があれば真正な成立が推定されます(民事訴訟法228条4項)。このとき、署名や押印が本人のものであることは、文書を証拠として出す当事者が証明する必要があります。
電子契約書の場合は、電子署名法という法律があり、一定の要件を満たす電子署名(本人特定と非改ざん性の確認ができるもの)が本人によって行われていれば真正な成立が推定されます(電子署名法2条1項)。さらに、電子署名法3条では、秘密鍵を安全に管理していれば他人には署名が出来ない仕組みになっていることが要件になっています。したがって、通常利用されている電子署名があれば、真正な成立が推定されることになります。
電子証明書の発行機関
電子署名法による認定を受けた認定認証事業者であれば、戸籍・住民票や公的証明書を確認したうえで電子証明書を発行しています。しかし、認定を受けていない事業者であっても、第三者による監査を受けていれば、かなり信用できるといえます。また、マイナンバーカードには電子署名の機能が搭載されていて、その電子証明書は地方自治体からの申請で発行されるのでこれも確実です。
そのほかに、商業登記にもとづいて印鑑証明書と同様に、法人代表者の電子証明書の発行が行われていますが、これも確実な電子証明書です。さまざまな電子証明書がありますが、信頼性と利便性を考えて選択をするとよいでしょう。厳正な本人確認を行っていれば訴訟における真正な成立の証明は確実ですが、手続きが多くなります。これに対して、簡易な本人確認の場合は簡単に利用できますが、訴訟の際の信頼性は低くなります。
所得税法や法人税法への対応
所得税法、法人税法では、契約書、請求書、領収書などの国税関係書類の保存が定められています。国税関係書類の電子的な保存を定めた法律が電子帳簿保存法です。電子契約のように、電子文書の送受信によって行われる取引を電子取引といいます(電子帳簿保存法2条6号)。電子取引のデータは、電子情報のまま保存することが出来ますが(同法10条)、電子的に保存するには次のいずれかの措置を取る必要があります。
- 受領後遅滞なく、タイムスタンプ(一般財団法人日本データ通信強化が認定したものに限る)を付して保存する
- 正当な理由がない訂正および削除の防止に関する事務処理の規定を定め、これに沿った運用を行うとともに、当該規定を備えおく
電子的に保存されたデータは画面・紙などに速やかに出力できること、保存を行うシステムの概要を記載した書類を備えておくこと、取引年月日、取引金額などによる検索が可能であることが必要とされます。
なお、電子取引のデータであっても、印刷した紙を、通常の紙の取引と同様に保存することもできます(電子帳簿保存法10条ただし書)。
参考文献:企業実務 2020